VIBES MEETING ’00
第8回のバイブズ・ミーティングは’00の10月7〜9日(土日月)の日程で、
高知県は春野町の仁淀川河川敷にて開催されたのだが・・・
この年の7月にあった「くるみの里キャンプ」で知り合ったHくんやKくんと
高知で開催されるバイブズ・ミーティングに行こうという話が具体的になったのは、
花博の関係で9月開催となったH.M.A.にKくんと参加した頃だった。
今度こそ準備万端、本格的にキャンプをしようと3人で話し合って
7日に先発して高知の恩師を訪ね翌8日に現地にて合流する約束をしたHくんと携帯で
連絡を取り合いながら、8日の朝10時半ごろ淡路の岩屋に渡るタコフェリーの前で
神戸の東部からやってくるKくんを待っていた。
高知までの道のりは約300数十kmほど、計算上は4時間ほどで着ける。
ただし、当日から翌日にかけては雲行きが怪しい。
天気予報を調べても雨に降られることはほぼ間違いない。
しかし、その前の年の「くるみの里」では、大雨の中キャンプから帰った経験があり、
今回は、道連れもあるし、何よりバイブズに行ける機会は
そう滅多とないということもあって覚悟の上での出発となった。
11時を回ってしばらくしてR28を東から近づいてくる
黒のスプリンガー・ソフテイルが見えた。
長身でどこか表情にあどけなさの残るKくんは
明石にある某K社でバイクの開発に携わっている有能なエンジニアなのだが、
何故か愛車はHDだ。
予定より30分ほど遅れたが時間的には充分余裕がある。
彼は私より30分ほど先に家を出ていることを思えば時間の遅れをどうこう言う気などない。
それより、ミーティングに対する期待感のほうが大きかった。
タコフェリーで岩屋へ渡り、給油した後、淡路縦貫道に入り、
一路鳴門大橋をめざし淡路島を駆け抜ける。
淡路縦貫道は正式には神戸淡路鳴門自動車道といい(そのままやないか〜)
岩屋からしばらくは左手に大阪湾を眺めながら走るが
途中から大きく右にカーブし、今度は瀬戸内海を右に眺めながらの道となる。
その後は洲本近郊をかすめ文字通りの縦貫道路となる。
バイクはいたって快調だ。
2台のバイクはもういつ雨が落ちてきても不思議ではない空の下を
南へ走っていった。
淡路島PAで初めての休憩を取る。
突然の雨に備え、荷物をビニール袋に入れる。
もうすでに会場にいるHくんに連絡を取ると、
会場では風がきつくて飛ばされるテントがあるとのこと、
だが、まだこの時はさほど実感がわかなかった。
鳴門大橋を渡り、有料道路を出て、R11を南下し徳島ICから
徳島自動車道に入り車の少ない道を西に向かう。
まもなく着いた上板SAで昼食をとった。
西の空を見ればいよいよこれはカッパの出番である。
長いことバイクに乗っていると何となく空の表情が読めるようになった。
案の定、走り出して程なくかなり強い雨に降られたが、降り続く雨ではなかった。
この徳島自動車道は
北に位置する竜王山、大川山の山裾を吉野川に沿って走る道で、
南には遠く剣山地を眺めながら真っ直ぐ分岐点の川之江東JCTに至る。
そこからは高知自動車道に入り、今度はまた南下する。
四国を南北に縦断するこの道はトンネルが多く、また片側1斜線のため
バイクにとっては決して気持ちの良い道路ではない。
ときおりトンネルを出たときに見える山の緑がストレスを鎮めてくれる。
いくつかのトンネルを抜けた後、急に視界が広がり斜線が増えた。
なだらかなスロープを下って行く。
やっと、南国ICに着いた。
実際は次の高知ICで降りるほうが近道なのだが
事前の申し合わせで”バイブズ”誌より参加バイクはここで降りて
高知の市街地を迂回するルートが示されていた。
5年前に高知へツーリングで来たときは一人だったので
幹線道路を真っ直ぐ走って高知市内に乗り入れたが、
何せ数千台規模のミーティングであることを思えば
今回のアプローチの指示は適切な措置だと思った。
途中のコンビニで必要な3人分の食料を買った。
ここでまたHくんに携帯を入れると雨は少ないものの
風はかなりきつくなってきたとのこと
もう、直ぐ先の会場辺りの雲行きを見ると低く黒い雲がかかっていた。
徐々に心配が芽を出し始めてきていた。
そこから、坂本竜馬の銅像で有名な桂浜を通り、
右手に防風林の松林、左手に太平洋の荒波が逆巻く土佐湾を見ながら
真っ直ぐな海岸線の道を西へしばらく走ると大きな仁淀川の河口に突き当たる。
そこを右折し、川に沿って上流に向かうと
直ぐに会場と思えるバイクの集まった場所が見えた。
川沿いの土手の道を行くと、会場の入り口があり、
入場しかけたところで誘導係のスタッフに止められた。
聞けば、川の水かさが増えたため会場である河川敷が
浸水の危険性があるので今は入場出来ないとのこと、
取りあえず土手の上から会場が見える道路わきにバイクを止め、
Kくんとしばし会場の様子を見守っていた。
中にいたHくんとも連絡が付き、彼が我々のところへやってきた頃、
ちょうど我々のそばにいた地元の老人が親しげに話しかけてきて
「この雲行きだと今夜は間違いなくこの河川敷は川になってしまう。」と言った。
この老人が言った言葉が気にはなったものの
せっかく来た以上は何とか入場できないものかという気持ちのほうが強かった。
そうこうする内に入り口辺りを眺めるとどうやら入場を再開し始めた模様、
我々は一抹の不安を抱えながらも入場するバイクの後に付いた。
会場の中に入ると、そこは河川敷、下はバラスのような砂利道、
一部水が溜まっているところもあり、
移動しやすいようにと敷かれた鉄板も濡れて滑りやすくなっていた。
入場して直ちにテントを張り始めたが、次第に雨は本降りになってきていた。
雨風の中何とかテントを張り終え、店を出しているバイカーズショップのテントをのぞくが
悪天候に気落ちさせられどうも楽しくない。
とうとう、おなじみのモトブルのテントで雨宿りをさせてもらう始末。
仕方ないので早々と自分たちのテントに戻り夕食にした。
飯など炊ける状態ではなかったのでHくんが気を利かせて食べ物を買ってきてくれた。
そこで、3人で一つのテントに入り、風でポールがしなる中、何とか食事を済ませ、
少しのビールを飲んでホッと一息つき、音楽やバイクの話などを語り合った。
12時近くになったので、「もうこんな天気は寝ちまうに限る」とシュラフに入ったのだが、
いっこうに風は衰える気配もなく、雨脚は絶えずテントを激しく打ち続けていた。
そんな状態の中では、とても睡魔など訪れるわけもなく、
しばらくは雨と風と外の音に耳を傾けていたのだが、
どうも、様子がおかしい・・・
バイクの音が鳴り止まないのである。
それも、一台や二台ではなく、かなりの数のバイクの音である。
普通多くのミーティングでは10時以降の会場の出入りを禁止している。
これは、付近の住民への配慮であって、
もちろんこのバイブズ・ミーティングも例外ではなかった。
ところが、12時を回ってもバイクの音は途切れる気配を見せない。
それどころか、数が増えていってるように聞こえる
「おかしいな〜???」と思い始めたときに、
昼間の老人の語ったことが脳裏をかすめた。
もしかして・・・???
風はますますきつくなり、テントのポールは大きくしなり、
いつ吹き飛ばされてもおかしくない・・・
もはやテントとは言えないほどの状態になってきていた。
その時、どこからか声が聞こえた。
「上流のダムが増水のため放流をします。
危険回避のため速やかに完全撤収してください!」・・・
スタッフがテント周辺を回り地声で緊急事態を知らせている。
やっぱり・・・?!
地元で長い間生きてきた老人の経験からくる知恵が
どれほど信頼に足るものか改めて感心しながら、
同時に、今置かれている状況から如何にすることが
最善の脱出方法かを考えていた。
この広大な河川敷に集まったバイクの数は数千台単位である。
それらのバイクが一度に一台しか通過できない脱出路に殺到するのである。
荷物を満載した状態で、雨で滑りやすくなった砂利道に車輪を取られ
万一動けなくなったり、転倒したりした事態を恐れ、
ここは取りあえず先ずバイクだけを脱出させ、
荷物は後から様子を見ながら撤収してはと提案し、
彼らもそれに同意した。
我々3人は、土手の反対側にバイクを避難させ、
その後、徒歩で会場に戻り自分たちの荷物を片付け、手で持って撤去した。
バイクの置いてある場所とテントサイトとを何度か往復したが、
その間、砂利道に車輪を取られた何台かのバイクの後ろを押すのを手伝った。
懸命にバイクの誘導をするボランティアをはじめスタッフ一同の努力には
頭の下がる思いであった。
我々の撤収が済み土手の上から河川敷を見ると
昼間見た会場のおよそ1/3が川になってしまっている。
そして、そこにはまだ数百台は有りそうなバイクが
脱出路に向かって列をなしていた。
ふと、時間を見るとすでに3時を回っていた。
ミーティングはすでに実質的中止状態である。
この時間からどうすることも出来ず、
我々は夜明けを待ってから帰路につくことにした。
そばには我々同様、会場から脱出してきたバイカーが数人いた。
夜明けまでの時間、彼らと話をしたのだが
その中には、青森から陸路を走り続けようやく昨晩会場にたどり着いたものや、
名古屋からフェリーで高知に着き走ってきたものや、
浜松から走ってきたものもいた。
彼らは我々と同様に夜が明けるとそれぞれの生活の場所に帰っていく。
そこにいたものはみな突然の事態でほとんど一睡もしていないのだが、
彼らの表情の中には疲れはあるものの、
失望とか後悔とかいったものは見出せなかった。
いや、むしろこのような事態になったにもかかわらず
共にここに居合わせることが出来たことを喜んでいるかのような
満足感とか、充実感すら汲み取れるのである。
そして、たぶん私自身もそういう表情をしていたのだろう。
夜が明けて、まだ数十台が河川敷に残っているのを
横目で見ながらその場を後にした。
良い思い出というのは何も楽しかった思い出だけとは限らない。
大変な状況の中でも何がしら忘れがたい出会いがあったり、
経験があったりするものである。
そういう意味で、この年’00のバイブズ・ミーティングは
私にとっては伝説となった。
意識が朦朧とする男たちを乗せた3台のバイクは
その日、四国路を神戸に向け帰っていった。
(注、このページに写真が一枚も無いのは雨に濡れカメラが動作しなかったためである。)