” TOYRUN


兵庫県は波賀町の「くるみの里」というキャンプ場で開催されてきた
このバイカーズミーティングは、場所を移しながらも’86から続いてきた
国内でも数少ない歴史の長いチャリティー・ミーティングであった。
ところが、残念なことにそのミーティングの歴史も’98を最後に途切れてしまう。
参加者の増加に伴い、あまりにも規模が大きくなりすぎ、
さまざまな問題が発生したためらしい。





バイカー人口が増えるのに比例して、ミーティング参加者の数が増えるのは
いたって当然のことであるが、参加者のモラルの悪さから発生する問題や、
そのミーティングの持つ”らしさ”みたいなものがなくなってしまったことが原因で、
せっかくの地元での老舗的バイカーズ・ミーティングが中止になってしまったことは
とても、残念なことであった。

神戸に拠点を置く”Dead Cats”というMCが主催するこのミーティングは、
参加者が”TOY”(玩具)を持ち寄って、チャリティーに供するという
アメリカで古くから行われいるチャリティー・イベントが由来となっている。

私自身は個人的に’97から参加していたのであるが、
その趣旨といい、歴史といい、雰囲気といい、とても気に入っていた。
そして何よりキャンプ場のロケーションが最高で、
初めて参加した’97にテントサイトから見た山間に映る月が
いまだに忘れられないでいる。

ところが、そんな気落ちしていた’99の春、一通の案内が届いた。

”Dead Cats”のメンバーの方から、「くるみの里キャンプのお知らせ」をもらった。
どうやら、”TOYRUN”という名称では開催できないが、
キャンプだけでもしましょうよ!ってことらしかった。

正直とてもうれしかった。
”TOYRUN”ではない!と、謳われてはいても
私個人にとっては、「これは”closed”になった”TOYRUN”だな」と勝手に解釈した。
名称はともあれ、またあのキャンプ場に、みんなの集まる日に、
走って行ってキャンプが出来る・・・
それだけで充分であった。

それ以来、毎年この”TOYRUN”ではない”TOYRUN”に参加している。

’99は雨に降られた。

ステージ上にテントを張って寝たのは、このときが初めてだった。
となりでテントを張っていた”タンク”くんと、”ユウジ”くんに
突然きつくなった雨脚のため、テントの撤去を手伝ってもらったことで親しくなり、
その夜は色々と語り合った。
彼らは、翌年には就職を控えた学生だった。
岡山から走って来たと言っていた。
”タンク”くんはその体格と風貌に似合わずとても優しいいいヤツだった。
さかんに父親に対する感謝の言葉を語っていた。
ハンサムな”ユウジ”くんは淡路の出身で、その後、偶然に
R2須磨付近を走っている最中に出会い、舞子の”マクド”でお茶をした。





思い起こせば、最初の年’97年にも隣のテントの住人、
NくんとSくんとも親しくなった。
彼らは、石川県の山城温泉から約8時間かけて走ってきたと言っていた。
自動車の修理関係の仕事をしているとも言っていた。
カレーを作るから一緒にどうだと誘われて
有り難く申し出を受けたのだが、
彼らは多量の肉を買ったものの野菜を買い忘れ、
肉だらけのカレーを作っていた。
そこで、私は持っていたレトルトのカレーを提供し、
混ぜ合わせて食べた。
私にとっては実に美味いカレーであった。
今思い出してもほほ笑ましい話である。
その夜は、ステージ上で演奏される音楽を聴きながら
色んな話を語り合った。

彼らに出会えたことが、その後もこのミーティングに参加したいと
願うようになった大きな要因である。

一昨年の’00にはHくんやKくんたちと出会った。

彼らは、日が落ちて暗くなってから到着し、
これまた隣にテントを張って、三人で食事の支度をしていた。
飯ごうの焚き方によく慣れてなかったみたいで
少しアドバイスしたことで、親しくなった。

8時間掛けて走ってきたとのこと、これまた遠方からかと思いきや、
聞けば、みんなうちの近く(神戸)の住人で、
半分くらいの時間で着いた私にとっては、
何とまあ、のんびりとしたツーリングを楽しんだんだなあと感心していた。

Hくんはりっぱな体格のおっとりとしたいい男で家が近くだった。
また、メカに明るいスマートなKくんはバイクメーカーの某社に勤めていると語った。
彼らとは、帰りも一緒に走って帰った。
私が走ってきたルートを走れば半分の時間で帰れることに
少し驚いている様子だったが、
あとで考えると、果たしてそんなことに意味があるのかどうか・・
何時間掛かろうが走ることを楽しむために走っているのだから・・・

私自身の心のゆとりのなさを反省した。





その後、彼らとは今も付き合いが続き、
淡路のミーティングや’00高知のバイブズにも一緒に行くことになる。

さまざまな出会いのをアレンジしてくれた”TOYRUN”

そして、今年’02であるが、どこからか”TOYRUN”復活のうわさが聞こえてきた。
果たして、どのようになるやら?

いずれにせよ、今年も何とか都合を付けて参加したいと願っている。

Forever ”TOYRUN” である。