バイクに乗るということ



乗り出して12年が過ぎた。

バイク乗りとしては決して早いデビューではなかったが、
乗り出してからは、かなり深くバイクと付き合ってきたように思う。





バイクに乗ることの意味・・・

改めて考えたことはなかった。
ただ、好きで、気持ちがいいから乗ってきただけだ。

では、どこが好きで、何が気持ちいいのかと聞かれたならば、
どう、答えるだろう?





その昔、車にハマっていたことがある。
ちょうど、社会人になった頃だった。

エンジンをいじるのが好きだった。
排ガス対策という重荷を背負ったエンジンを
身軽にしてやりたかった。

そんな経験が、エンジンや、それ以外の機械に対する興味になった。
そして、エンジンを含む機械が出来るだけシンプルな形で
構成された乗り物・・・バイクに目が向いた。

もちろんシンプルとはいえ、
現在のバイクは高度に設計された精密工業製品なのだが、
さすがに今やカーステはおろかCDやカーナビまで装備し、
すべてが綺麗にセットアップされた乗用車に比べたら
まだまだはるかに、素朴な乗り物である。

生ガスが鼻をつく剥き出しのエンジン、
重い操作感、荒々しいエギゾーストの息づかい、身体を揺さぶる振動・・・
車には無くなってしまったものである。
(もっとも、最近はバイクも乗用車化しつつあるようだが・・・)

そういう前時代的なところが、有機的な魅力に感じられ、
長く付き合ってこられたのだと思う。





では、何が気持ちいいんだろう?

人それぞれに、思いは異なるのだろうが、
一言で言えば、バイクほど自由で、自然を感じることができる
乗り物は無いだろうということ。

バイクは孤独な乗り物だ、
特に一人で走る者にとっては・・・。
ヘルメットを被った瞬間から一切の会話も音楽も聞こえない、
というより、乗って走ることがそれらを拒絶する。
そんな世界に入ることがバイクの世界なのだ。

その上で、勝手気ままな男が、人に気を使わずに、どこへでも走って行けて、
どこでも止まれるという自由を手に入れることができるのである。

町を抜け、山を縫い、海を眺め、走るうちに刻々と変化する自然、
雨に降られれば雨を感じ、陽に照らされれば陽を感じ、風を受ければ風を感じ、
匂いであり、湿度であり、気温であり、埃っぽさであり・・・
見える景色と、同じ空気の中にいることを実感する。

大いなる自然の中に包み込まれて、自分という”ちっぽけ”な存在が
完璧にその営みのうちの一部であることを思い知らされる。

(何も、バイクに限るまいと思われるかもしれないが、
バイクが短時間に移動する距離は徒歩、自転車の比ではない。
それだけより短い時間により広い自然の中に身を置いているということである。)

その瞬間、自然との一体感は、同時に解放感になっている。

そして、聞こえてくるのは、ただエンジンの心音と風を切る音だけなのである。



そうした世界を知っているバイク乗りたちとは、
ある種の連帯感のようなものを感じ、
ミーティングやその他の色んな出会いにおいても、
ともに打ち解け合い、語り合えたような気がする。

この12年間、ほとんど一人で走ってきた。
しかし、同時に色んな人とも出会った。
そして、彼らとこの走る喜びを共感し合えたことを幸せに思っている。





                                           

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