”ASO BIKE HEAVEN” (’00 九州ツーリング)



このページは、’00に行った阿蘇バイクへブンとそのあとの九州ツーリングのことを書こうと思う。
(神戸〜大分・・阿蘇・・熊本・・えびの・・鹿児島・・都城・・宮崎・・大分〜神戸)

’00年8月14日の夕方のフェリーで
神戸の六甲アイランドから、大分に向かった。
翌朝、6時に着くと、一路、阿蘇を目指して走り出した。
10年ぶり2度目の九州は、前回同様大分から由布院を通り、
今は無料となったやまなみハイウェイを走り、
昼前には、阿蘇についた。
天気は上々だった。



阿蘇バイクへブン


このときは、ツーリングとともに阿蘇バイクへブンなる
九州最大のバイカー・ミーティング(8/13〜8/15)を
ぜひ覗いてみたいということもあって、
14日の午前中までで目いっぱいの仕事を片付け、
きついスケジュールだったが無理をしてやって来た。

しかし、この無理が後々までたたることになるとは・・・

ミーティングそのものは終わりかけだったので、
祭りの後片付けの中にやって来たみたいな気持ちだった。
バイカーたちの多くはすでに去り、残りもまた帰り支度をしていた。
ショップのテントの中に近くのショップ”モトブルズ”を見つけたときは何か、ホッとした気がした。

九州のコアで有名な某チームの連中は、
九州男児らしく、無骨で荒々しい雰囲気を感じさせていたが、
チーム内の統制はさすがに取れているようだった。

阿蘇周辺は、バイクで走るには最高の場所で、
当日は天気が良かったのであたりのロケーションと相まって、
正にヘブンと呼ぶににふさわしいミーティングであっただろう。

午後から次の目的地、人吉を目指して走り出したものの、
熊本ICにつく頃には、暑さと寝不足で、バテバテで
九州自動車道に入ってからは、SAごとにロングブレイクを取る始末、
おまけにバイクまでオーバーヒート気味になるしで、人車ともにへばってしまっていた。
そこで、予定を変更し、そのまま真っ直ぐ宿に向かうことにした。

九州自動車道は、途中から山中を走るため片側一斜線になり、
やたらとトンネルが多い上に、長い(加久藤トンネル)ときている。
その日は気温が高かったので、トンネルの中は、まるでサウナか灼熱地獄か。
「こんなとこ、二度と来るもんか!!」と、ぼやきながら、やっとの思いで宿に着いた。

宿は、盆休みということもあって、なかなか取れなかったが、
上手い具合に一軒だけ、Bクラス(多分?)の観光旅館が取れた。

えびの高原の近くの京町温泉というところだった。

クーラーの聞いた部屋でや〜っと人心地ついた。
Bクラスの宿だったが、温泉は、露天あり、内湯あり、岩風呂ありと、結構充実していた。
しかし、九州というところは、ホントに温泉の多いところだ。

その日の夜は、体力温存のため、早く床に入ったのだが、
枕が替わったのと、バイクの調子が気になって、なかなか寝付けず
結局、寝不足を次の日に持ち越すことになってしまった。
同時にこの頃から、食欲も落ちてきていた・・・。

次の日は、鹿児島へ向かい、夕方には、娘の下宿のある宮崎へ・・・
という予定だった。

寝不足のまま目覚めた8月16日、朝7時の朝食をすませ宿を後に、
えびのICから再び九州自動車道に乗り、一路、鹿児島に向け走り出した。


バイクの調子も良さそうで、ホッと一安心。
この日の予定は、鹿児島市内から鹿児島湾を眺めながら
海岸沿いの10号線を走って都城、宮崎へというルート。
ただ、空を見上げると。どうも雲行きが怪しい???。
天気予報によると、南の方から天気は下り坂で、ところにより一時雨とのこと。
高速を走りながら市内の方を見ると、かなり暗い雲がかかってきている。

案の定、市内に着いてしばらくするとポツポツ雨が振り出した。

とりあえず、城山から見た桜島と西郷どんの前で写真を撮り、
市内で、お土産のさつま揚げを宅配してもらうよう注文した後、
10号線を走り出したが、にわかにかなりの激しい雨。
予定を変更し、高速で加治木JCまで引き返すことに決め、雨から逃げるように鹿児島ICに向かった。

鹿児島というところは、聞いてはいたが、やはり、町中火山灰だらけという感じで、
雨の中を走ると、カッパもバイクもドロドロ、雨もまるでスコールみたいだし・・・
ここは、南国鹿児島なんだな〜なんて分かったようなことを思ったりした。

夏休み中とあって、行く先々にバイクが止めてあって、ライダーたちと一言二言。
これもツーリングの楽しみである。
桜島SAであった若いソロライダーは、これから、陸路で愛知まで帰ると言っていた。
(よ〜やる〜・・・)



桜島SA


加治木JCからは隼人道路、東九州自動車道を通って10号線、
海岸沿いから内陸に入り、都城を目指す。
この辺りの道は、よくある普通の国道で、ゆっくりしたペース、
片側一車線道路を車の流れに乗ってただただ走るのみ。
さっきまでの天気がウソのように、南国の強い日差しが照り出した。

都城に着いたときには、暑さで、人もバイクもへばってきていたので、国道沿いのケンタッキーFCに入り、昼食。
昨日からの引き続きで食欲がないので、ここはひとつ逆療法をということで、
ジンガ−チキンなる唐辛子の利いたサンドを食べたのだが、これが間違いだった。
(逆両方が、さらにその逆に作用するとは・・・)

この頃からなぜかセルモーターが重く、どうも自分もバイクも調子良くないな〜と思いながら、
ここは、昨日と同様に予定を大幅カットして真っ直ぐ、宮崎に向かうことにした。
何とも、情けない話である。

ちなみに、この翌日都城は大雨警報が出て、洪水の被害があった。
(もし、一日ずれていたらと思うと・・・)

宮崎市の郊外にある娘の下宿アパートに着いたのは4時頃だった。
娘は帰省中なので、私が一人で泊まるのだが、はじめて来た娘の下宿は、
写真では見ていたものの、こんなところで暮らしているんだな〜と、
家から遠く離れたところで1人暮らしをする娘の生活に思いをやりながら
柄にもなく自分が父親であることを再確認したりしていた。

実はこの”下宿視察”が今回の大義名分だったのだ。
そのおかげで、一人九州ツーリングに来られたというわけである。

この後、時間があったので娘の学校に行ったのだが・・・
そこで、最大のピンチ!、怖れていたことが起こった。

娘の学校の前で、アリバイ?作りの写真を撮った後、バイクのところに戻り、
さぁ、出発とばかりに、セルを押すと、

クックックッと、弱々しい音・・・???
仕舞いには、カタカタカタと、空回りし出した。

明日中に、フェリーに乗れるだろうか?
明後日には、仕事もあるし・・・
ここから、家までレッカー移動で、自分は飛行機で、帰らねばならないんだろうか?

最悪のシナリオが次々と脳裏をかすめる。

・・・ふと、さっき来る途中にGSが有ったのを思い出した!
100mほど押して戻り、GSにて何とかジャンプスタートでき、ヤレヤレ!ホッと一安心。
念のためにバッテリーを充電してもらおうとハーレーを扱うショップまで
乗って行き、店に着いたところでまたまたエンジンストップ。

不安が蘇えり、今度は何度かセルを押すもののもう何をしてもだめで、
メカに診てもらったら、多分レギュレターがパンクしたんじゃないか?とのこと。
交換部品の在庫はナシと言われた。

だが、以前から、HDの不安個所ということで、まさかのときを考え
スペア−を積んでいたので、交換してもらって九死に一生、何とか難を逃れた。
結局その日は、充電もあって、バイクを預け、
ミニバイクを代車してもらい、娘の下宿に帰った。

この間、一喜一憂を繰り返し、熱さと疲労と不安のトリプルパンチで、
のどは乾くし、頭はのぼせるし、腹は重いしでもうフラフラだった。
代車のミニバイクで宮崎のあの有名なフェニックスの通りを走っていると、
まるで夢・・・そう、悪夢を見ているようだった。

帰り道のコンビニでアンパンとミルクを買ったが、のどを通らず、
その夜は早々と床に入るも、昼間の悪夢と明日への不安で
とても熟睡など覚束ない状態だった。


翌朝は、店が開くのを待って、バイクを引き取り、体調絶不調ながら、
何とか気を取りなおし、折角だからと日南海岸を目指したが、もう天気は完全に雨模様。
堀切峠、鬼の洗濯岩まで行きそこから折り返し、一路大分を目指し、真っ直ぐ北上した。



日南海岸


途中のコンビニで買った茶蕎麦を体力のためにと
無理やり腹に収めるのがあれほど辛かったことはなかった。

雨雲から逃げるよう走る道(日向街道:R10〜R326)だったので、
それからはあまり濡れることも無かったのだが、
大分に近づくに連れて、盆の帰省ラッシュの中に・・・
フェリーの時間が迫っていたので、強引なすり抜けをしながら、
やっとの思いで大分に着いたのが、午後3時頃だった。

旅の余韻を楽しむ余裕など無く、早々とチェックインをしたフェリーの中で、
唯々、身を横にするのが精一杯だった・・・


この旅の教訓は、

無理な計画、トラブル招く。
備えはあっても、不安は消えず。
熱さには人もバイクも音をあげる。

・・・といったところだ。

お陰で9月には胃カメラを飲む羽目に・・・診断は夏バテだった。






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